【論文まとめ2】Winter (2004) "Incentives and discrimination." AER

あらすじ

・賃金の格差はなぜ生じるのだろうか.この論文は複数agentsのprinciple-agentモデルを考察し,agentsが対称であっても最適な契約がボーナスの格差の存在するものであるケースを指摘し,その条件を特徴づけた.
・その条件とはagentsの努力に正の外部性が存在することである.すなわち,既に努力している人の集合が大きくなればなるほど追加的に自分が努力した際の貢献度の増分が大きくなる場合である.
・直観は以下の通りである.principleはagentsチームのプロジェクトが成功した場合のボーナスプランを契約することでagentsの(契約/観測できない)努力を引き出す.もちろん成功時のボーナスを上げれば努力してくれるだろうが期待支払額を出来るだけ減らしたい.そこでprincipleは全員が努力する契約の中で1番期待支払額が小さい契約を考えるという最適化問題を解くことになる.各agentからすると努力には正の外部性があるので,他の努力しているagentsの数が多ければ多いほど,努力するに十分なボーナス額の閾値が下がっていく.この論理を踏まえると最適な契約は,まず誰かに「他の誰も努力していなくても努力するのが最適である」水準のボーナス額を提示し,次に「他に1人努力しているのであれば努力するのが最適である」水準のボーナス額を提示し,...,最後に「他の全員が努力しているのであれば努力するのが最適である」水準のボーナス額を提示するという階段状にボーナス格差が存在するものになる.

具体例

対称なagentが二人いる具体例を通して最適な契約は一方に高賃金,他方に低賃金を払うものになることを確認しよう.agentsもprincipalもリスク中立的とする.
・principleはagentsに契約(プロジェクトが成功した際に得た得られるボーナス.失敗したときは何も支払われない.) (b_1,b_2)を提示する.また,principalの目的は両者のagentsの努力を唯一の均衡にすることである.
・それぞれのagentは (b_1,b_2)を受けて努力するかサボるかを選択する.努力すると自分の分のタスクは確実に成功し,サボると確率 pで成功する.プロジェクトは両者のタスクが成功したときに成功する.また,努力にはコスト cがかかる.
この時のagent iの最適行動が努力になる条件は以下のように計算できる.
(i)agent jが努力しているとき
 (1-p)b_i\geq c \Leftrightarrow b_i  \geq \frac{c}{1-p} =: b_L
(ii)agent jがサボっているとき
 p(1-p)b_i \geq c  \Leftrightarrow b_i  \geq \frac{c}{p(1-p)} =: b_H
左の式の左辺はサボらず努力したときにもらえるボーナスの期待値の増分であり,右辺は努力のコストである.(i)の左辺と(ii)の左辺とを比べると(i)の左辺の方が大きい,すなわち努力には正の外部性があるというモデルになっていることに注意されたい.

この時の最適な契約はどちらかに b_L+\varepsilon,もう一方に b_H\varepsilonを提示する契約である.まず,この契約を提示されたときどちらのagentも努力を選ぶ.なぜなら b_H+\varepsilonを提示されたagentは努力が支配戦略であるため努力をえらび, b_L+\varepsilonを提示されたagentは相手の努力に対する最適反応が努力であるため,努力を選ぶ.次に,両者の努力を導く他の契約 (b_1,b_2)を考える(一般性を失わず b_1 \leq b_2とする.)と b_1+b_2 \geq b_L+b_Hとなること,すなわち (b_L+\varepsilon, b_H+\varepsilon)が最適な契約であることを確認する. b_1+b_2 < b_L+b_Hであれば, b_1< b_L b_2 < b_Hが成立する.前者の場合agent 1はサボりが支配戦略となるため努力が均衡とはならない.後者の場合はagent 1も2も相手がサボっていたとしたらサボることが最適な行動になるため両者のサボりが均衡になってしまい努力が唯一の均衡とはならない.
この最適契約の直観は一方に努力を支配戦略にさせるようなボーナス額を提示し,他方に相手の努力を所与としたとき努力が最適にさせるようなボーナス額を提示するという直観になっている.すなわち最適行動の伝播の順番に従った階段状のボーナス契約になっている.

コメント

・この論文は社員と非正規雇用などにように職場に高収入/高責任な人と低収入/低責任な人を同時に配置することを説明できるようなモデルになっていると思われる.