【論文まとめ3】入札者がバイアスを持っていてもオークションは上手く機能する?

本記事ではGagnon-Bartsch, Pagnozzi and Rosato (2021) “Projection of Private Values in Auctions” American Economic Review (以降はGPRと略記)の研究の一部を紹介します。前提知識が無くても読めることを目指して数式を使わずに書いていますが、第一価格オークションや第二価格オークションについて勉強したことがあるとより楽しめるかと思います。「そんな単語聞いたことない!」という方はざっと調べてから読んでいただくと良いかと思います。以下の記事は本記事の予備知識としてちょうどよさそうです。

nabenavi.net

どんな研究?

私たちは、自分が価値が高いと思っているものに対しては他の人も価値が高いだろうと思ってしまったり、逆に自分が価値が低いと思っているものに対しては他の人も価値が低いだろうと思っているだろうと思ってしまうことがままあります。このように他の人の嗜好を自分の嗜好に寄せて予想してしまうバイアスは投影バイアス(projection bias)という名前で知られています。*1 では、投影バイアス のない合理的な個々人が使うことを想定して今まで議論されてきた種々の経済制度は、投影バイアスを持つ人々が用いた場合、どのような結果に至るのでしょうか?GPRは様々なフォーマットのオークションに対してこの問題を考察しています。特に本記事では(私的価値の財についての)第一価格オークションと第二価格オークションについての議論を紹介します。

通常のオークションモデルとの設定の違い

オークションの入札者は、他の入札者がオークションにかけられている財についていくらの価値を見出しているのかを知るよしもありません。そこで、オークション理論(というより経済学の主流のモデル全般)では代わりに他者の価値について確率的に予測を立て、その予測に基づいて入札額を決めると想定します。GPRのモデルもこの想定を踏襲します。ただ、確率的な予測の形成の部分に投影バイアスの影響が入っているという一点のみにおいて、GPRのモデルは通常のモデルと異なります。つまり...
通常のモデル:
合理的な入札者。正しい確率的予測を(なんらかの理由で)持っている。
GPRのモデル:
バイアスを持った入札者。正しい確率的予測よりも、自分の価値に寄せた確率的予測を持ってしまっている。確率密度関数のグラフの言葉でいうと、自分の価値を中心に正しい確率密度関数を内側に寄せたような確率密度関数を持っている。

投影バイアスは入札やオークションの結果にどう影響する?

それでは、この投影バイアスによる予測の違いが均衡での入札行動やオークションの結果にどのような影響を与えるのでしょうか。第一価格オークションと第二価格オークションのそれぞれで分析してみましょう。

第二価格オークション

第二価格オークションには耐戦略性があると言うことが知られています。つまり、他の人がどんな価値を抱いていてどんな入札をしたとしても、自分は自分の価値を正直にそのまま入札するのが最適になるという性質を第二価格オークションは持っています。第二価格オークション下では「いくらで入札する?」という読み合いが一切生じないということです。ということは、他者の価値に対する予測とは全く無関係に入札額を決めるので、投影バイアスを持ってる個人でも合理的な個人でも最適な入札行動は一致し、オークションの結果も完全に一致します。(Proposition 1)

第一価格オークション

次に第一価格オークションの場合を考えてみよう。こちらの分析はGPRの最初の盛り上がりポイントで、第二価格オークションと比べて分析が複雑かつ面白いものになっています。 まず合理的な入札者たちによる通常のオークションモデルではどのような入札行動が最適になるでしょうか。それぞれの入札者は(自分がオークションに勝てる確率)×(自分が勝てた時の利得)を最大化するように入札額を決めます。入札額を上げていくと前者は高くなるが後者は低くなるというトレードオフに直面します。この意思決定の結果、均衡では皆、「自分が1番高い価値を持っている=自分がオークションに勝てると条件づけた時の、自分の次に高い価値の期待値」を入札する戦略組が唯一の(対称単調ベイズナッシュ)均衡になることが知られています。ここで大事なのは「勝てる確率」はもちろん他の人の価値の予測を基に計算するので、予測が入札額にモロに影響を与えるという点です。これが第二価格オークションとの1番の違いです。 GPR(Proposition 2)は投影バイアスを持つ個人による第一価格オークションの均衡も「自分が1番高い価値を持っている=自分が勝てると条件づけた時の、自分の次に高い価値の期待値」を皆が入札するのが唯一の均衡であることを示しました。投影バイアスがあるか否かで持っている予測が違うので、入札行動自体は異なるという点には注意が必要です。 では、均衡において、投影バイアスを持つ個人の入札行動は合理的な個人の入札行動と比べてどのように異なるのでしょうか。まず、高い価値を持っているケースを考えましょう。この時、合理的な人と比べて投影バイアスを持っている人はより高い額を入札するということがわかりました。このケースでは、他の人の価値も高いものだと勘違いしているのが投影バイアスですから、これは直観的です。実はそれだけでなく、低い価値を持っているケースでも投影バイアスを持つ人は合理的な人と比べてより高い額を入札することがわかりました。このケースでは、投影バイアスは他の人の価値を実際よりも低く積もるように予測を歪めるのに、なぜこのような非直感的な結果が成り立つのでしょうか?着目すべき点は、入札者は「自分が一番高い価値を持っていると条件づけた時の」すなわち「自分が勝てるシナリオにおいての」2番目に高い価値の期待値を入札するという点です。投影バイアスは、自分の価値に近い価値を他の人も持っているだろうという形で予測を歪めるため、自分が勝てるシナリオを考えた時に競争がより苛烈になっていると勘違いさせる効果に至ります。その結果、オークションに勝てないことを過剰に恐れて高い入札をしてしまうのです。

まとめ

投影バイアスがあると...
第二価格オークション:
耐戦略性があるため、何も行動は変わらない。
第一価格オークション:
入札者達は自分の価値に近い価値を他者も持っているという勘違いから競争が実際よりもより苛烈であるという勘違いに至り、結果より高い価格を入札する。一番価値を見出だしている人がオークションに競り勝つという効率性は変わらない。*2

ということです。投影バイアスがあっても、一番価値を見出だしている人が財を手に入れられるという重要な役割をオークションは依然として果たしてくれます。また開催者の期待収益という観点からいうと、第一価格オークションをした方が開催者は得できるということですね。つまり、有名な収入同値定理はこの環境では成り立ちません。 このように投影バイアスひとつとってもモデルの含意は大きく変わってきます。経済モデルの現実への含意や導入を考える際にはモデルの仮定が分析対象に相応しいか、そうでないなら仮定をどのように変えなければいけないのかを考えることが重要だということですね。

専門家向けの注: 均衡概念について(&独り言)

ゲーム理論やメカニズムデザインの詳しい方は「投影バイアスを持ってる入札者達によるオークションを分析するのはいいけど、解概念はなんなん?共有事前分布がないからベイズナッシュ均衡ではないよね?」と思うかもしれません。正しいです。GPRはナイーブベイズナッシュ均衡(NBE)と呼ばれる均衡概念を導入し用いました。 NBEを説明するためにまず、入札者達の「バイアスに対するナイーブさ」に対する仮定の話をしましょう。行動経済学ではバイアスを持っている個々人の意思決定問題を分析しますが、バイアスに対する態度まざまな種類があります。自分がバイアスを持っていることを自覚しているのか、相手もバイアスを持っていると想定しているのか、などなど。どのような態度を仮定するかで分析のモデルや結果などが変わってきてしまいます。GPRでは、入札者は自分がバイアスを持っていると自覚していない(バイアスにナイーブである)ため、「(本当はバイアスで歪んでいる)自分の予測は正しい予測であり、また他の入札者も同じ予測を形成しておりその予測が共有知識になっている」と信じて疑わないことを仮定します。 この仮定の元では各個人は、それぞれ自分の予測が共有事前分布だと思っているわけです。つまり、各個人が共有事前分布のみ異なる別の不完全情報ゲームをプレイしていると解釈することができ、各個人がその自分の思うゲームの中でベイズナッシュ均衡をプレイしていると思っているような戦略組のことをNBEと呼びます。 と、こういう解概念なわけです。一見自然な上手い拡張のように見えるわけですが、個人的には少々疑問が残ります?「皆が自分の勘違いしているゲームの中で最適反応をとっていると思っている状況」は「均衡」と呼べるのでしょうか。みんな最適反応を取ってると勘違いしてるだけで実際には最適反応をとってないし、「俺は最適反応を取ってるぜ」と事後的に思えるような情報が観測できるというような一貫性すら要請していません。*3 こう文句を言っていながらも、限定合理的な我々は自分の世界観の中で他者の行動を予測しつつ行動選択をするのが常なので、NBEはこういう戦略的状況を上手く定式化しているような気も再びしてきます。。。何をもって均衡と呼ぶにふさわしいかという話は根深くかつ重要な話なのでいつかじっくりと考える機会を設けられたらいいななどと思いました。

*1:商品の価値を調べるために共通のソースから情報を得ているというような「合理的な価値の相関」もあり得ますが、投影バイアスとはそうではなく単に勘違いによって他者の価値を自分に近づけてしまうような認知バイアスのことを指します。

*2:カニズムの遂行に関する解概念とバイアスが帰結に与える影響には対応関係があると整理できそうです。

*3:繰り返した際のフィードバックに対して解となる入札行動が頑健かという議論は脚注23の周辺で少々なされていますが、議論として不十分かなという印象を受けます。

【論文紹介1】Heidhues et al. (2021) Browsing versus Studying: A Pro-market Case for Regulation. RES

「携帯料金のような"見えにくい価格"がある市場にはどのような規制が有効?」

携帯の利用料金のように基本料金+複雑な追加料金という料金体系を取るサービスは数多く存在する.そのような取引に対して,従来の経済学が仮定する「合理的な」消費者はどんなに複雑な料金体系であってもきちんと支払う金額を把握している.一方で,近年の行動経済学が仮定する「ナイーブな」消費者は複雑な追加料金を全く考慮しないで基本料金が最も安いサービスを購入する.この論文はいわばその中間のようなモデルを考えている.消費者は追加料金の存在を認識している一方で調査能力には限界があり,ある商品の追加料金(=studying)もしくは別の商品の基本料金(=Browsing)のどちらかしか知ることはできない.すなわち,「調査能力が限定的な合理的個人」として消費者をモデルしている.この論文では,そのような消費者が存在している市場において企業の価格競争及び政府による価格規制を議論する.そして規制がなければ企業が独占価格を課す均衡に至ることを示した.(企業は複数いるものの,均衡では消費者はstudyingを行い実質独占状態になり価格競争が働かない.)また規制については,追加料金に対する規制は企業が完全競争する均衡を導くという意味で有効であり,一方で合計金額に対する規制は結局価格を規制の上限金額に設定する均衡を導くという意味であまり有効ではないという結論にいたることを示した.(追加料金の規制→消費者が安心してstudyingからbrowsingに切り替える→価格競争が働く.)
◎規制が競争を産むという構造が面白いと思う.

応用先(メモ,元論文より):
health insurance, EU's principle on unfair contract terms, food safety in developing countries, shopping behavior of low-income and high-income consumers

【論文まとめ2】Winter (2004) "Incentives and discrimination." AER

あらすじ

・賃金の格差はなぜ生じるのだろうか.この論文は複数agentsのprinciple-agentモデルを考察し,agentsが対称であっても最適な契約がボーナスの格差の存在するものであるケースを指摘し,その条件を特徴づけた.
・その条件とはagentsの努力に正の外部性が存在することである.すなわち,既に努力している人の集合が大きくなればなるほど追加的に自分が努力した際の貢献度の増分が大きくなる場合である.
・直観は以下の通りである.principleはagentsチームのプロジェクトが成功した場合のボーナスプランを契約することでagentsの(契約/観測できない)努力を引き出す.もちろん成功時のボーナスを上げれば努力してくれるだろうが期待支払額を出来るだけ減らしたい.そこでprincipleは全員が努力する契約の中で1番期待支払額が小さい契約を考えるという最適化問題を解くことになる.各agentからすると努力には正の外部性があるので,他の努力しているagentsの数が多ければ多いほど,努力するに十分なボーナス額の閾値が下がっていく.この論理を踏まえると最適な契約は,まず誰かに「他の誰も努力していなくても努力するのが最適である」水準のボーナス額を提示し,次に「他に1人努力しているのであれば努力するのが最適である」水準のボーナス額を提示し,...,最後に「他の全員が努力しているのであれば努力するのが最適である」水準のボーナス額を提示するという階段状にボーナス格差が存在するものになる.

具体例

対称なagentが二人いる具体例を通して最適な契約は一方に高賃金,他方に低賃金を払うものになることを確認しよう.agentsもprincipalもリスク中立的とする.
・principleはagentsに契約(プロジェクトが成功した際に得た得られるボーナス.失敗したときは何も支払われない.) (b_1,b_2)を提示する.また,principalの目的は両者のagentsの努力を唯一の均衡にすることである.
・それぞれのagentは (b_1,b_2)を受けて努力するかサボるかを選択する.努力すると自分の分のタスクは確実に成功し,サボると確率 pで成功する.プロジェクトは両者のタスクが成功したときに成功する.また,努力にはコスト cがかかる.
この時のagent iの最適行動が努力になる条件は以下のように計算できる.
(i)agent jが努力しているとき
 (1-p)b_i\geq c \Leftrightarrow b_i  \geq \frac{c}{1-p} =: b_L
(ii)agent jがサボっているとき
 p(1-p)b_i \geq c  \Leftrightarrow b_i  \geq \frac{c}{p(1-p)} =: b_H
左の式の左辺はサボらず努力したときにもらえるボーナスの期待値の増分であり,右辺は努力のコストである.(i)の左辺と(ii)の左辺とを比べると(i)の左辺の方が大きい,すなわち努力には正の外部性があるというモデルになっていることに注意されたい.

この時の最適な契約はどちらかに b_L+\varepsilon,もう一方に b_H\varepsilonを提示する契約である.まず,この契約を提示されたときどちらのagentも努力を選ぶ.なぜなら b_H+\varepsilonを提示されたagentは努力が支配戦略であるため努力をえらび, b_L+\varepsilonを提示されたagentは相手の努力に対する最適反応が努力であるため,努力を選ぶ.次に,両者の努力を導く他の契約 (b_1,b_2)を考える(一般性を失わず b_1 \leq b_2とする.)と b_1+b_2 \geq b_L+b_Hとなること,すなわち (b_L+\varepsilon, b_H+\varepsilon)が最適な契約であることを確認する. b_1+b_2 < b_L+b_Hであれば, b_1< b_L b_2 < b_Hが成立する.前者の場合agent 1はサボりが支配戦略となるため努力が均衡とはならない.後者の場合はagent 1も2も相手がサボっていたとしたらサボることが最適な行動になるため両者のサボりが均衡になってしまい努力が唯一の均衡とはならない.
この最適契約の直観は一方に努力を支配戦略にさせるようなボーナス額を提示し,他方に相手の努力を所与としたとき努力が最適にさせるようなボーナス額を提示するという直観になっている.すなわち最適行動の伝播の順番に従った階段状のボーナス契約になっている.

コメント

・この論文は社員と非正規雇用などにように職場に高収入/高責任な人と低収入/低責任な人を同時に配置することを説明できるようなモデルになっていると思われる.

【論文まとめ1】Kajii and Morris (1997) "The Robustness of Equilibria to Incomplete Information" ECMA

キーワード

higher order belief; incomplete information; refinements; robustness.

あらすじ

・(完備情報ゲームにおいて)ナッシュ均衡は分析者から見た起こりうる帰結の予測として理解出来る.しかし,実際には分析者がプレイヤー達の利得環境を的確に把握できていないかもしれない.そのような場合,均衡概念が帰結の予測として機能するためには実際の利得環境が"少し"異なっていても帰結が"大幅には"変わらないという均衡の不完備情報に対する頑健性が必要になる.
・しかしRubinstein (1989)のEメールゲームが示唆するようにたとえ(強)ナッシュ均衡であったとしても,利得環境に対する共有知識の仮定が崩れ,ほんの少しでも"crazy type"の可能性が存在する場合,その最適行動が"感染"しその行動組は均衡として導かれないかもしれない.
*1
*2
・そこで、均衡が不完備情報に対する頑健性を満たすための十分条件を考察するのがこの論文である.
・近しいモチベーションの論文はKajii and Morris (1997)の前にもいくつかあった(らしい)が,元の完備情報ゲームに"近い"不完備情報ゲームという概念と頑健性という概念を(特定のクラスでなく)一般的に定義し,その枠組みで議論をしているという点もこの論文の貢献である.

モデル

完備情報ゲーム

・プレイヤー: N
 i \in Nの行動: A_i(有限集合)
 iの効用関数: g_i: A \to \mathbb{R}
以上が(完備情報)ゲーム Gを定める.
Gの相関均衡 \mu \in \Delta Aとは以下をみたす行動分布である.

定義(相関均衡)

行動分布 \mu \in \Delta Aがゲーム Gの相関均衡であるとは以下が成立ことである.
任意の i \in Nと行動 a_i, a_i'に対して \sum_{a_{-i}}g_i(a_i,a_{-i})\mu(a_i,a_{-i}) \geq \sum_{a_{-i}}g_i(a_i',a_{-i})\mu(a_i,a_{-i}) i.e.  E_{\mu}[g_i(a_i,a_{-i})] \geq E_{\mu}[g_i(a_i',a_{-i})] .*3

不完備情報ゲーム

完備情報ゲーム Gを埋め込む不完備情報ゲームという概念を定義する.
・状態空間: \Omega(可算集合)
・状態の上の確率: P
 iの情報分割: Q_i
 iの(状態依存)効用関数: u_i:A\times\Omega \to \mathbb{R}
 N Aと以上が不完備情報ゲーム Uを定義する.このように定義されたUをGを埋め込む不完備情報ゲームと呼ぶ.
Uにおける iの(混合)戦略 \sigma_iとは Q_i可測な \Omegaから A_iへの写像であり,Uのベイズナッシュ均衡は以下で定義される.

定義(ベイズナッシュ均衡)

戦略組 (\sigma_i)_iベイズナッシュ均衡であるとは以下を満たすことである.
任意の i,  a_i, \omegaに対して \sum_{\omega' \in Q_i(\omega)}u_i(\sigma(\omega'),\omega')P[\omega' \mid Q_i(\omega) ] \geq \sum_{\omega' \in Q_i(\omega)} u_i(a_i,\sigma_{-i}(\omega'),\omega')P[\omega' \mid Q_i(\omega)]

次に戦略組 \sigmaが導く帰結を定義しよう.実現した状態 \omegaは必ずしも分析者が観測できるものではないため,帰結は状態が実現する前の段階から見た事前の行動分布として定義する.

定義(均衡行動分布)

行動分布 \mu \in \Delta AがゲームUの均衡行動分布であるとは,あるベイズナッシュ均衡 \sigmaが存在して \mu(a)=\sum_\omega\sigma(a \mid \omega)P(\omega)が成立することである.

頑健性

まず,不完備情報ゲームUが完備情報ゲームGに近いという概念を定式化しよう.Uにおける利得関数がGと同じものである確率が高ければ高いほどUはGに近いという直観に基づいて議論を行う.
Uにおいて全てのプレイヤーが自分の効用関数はGと同じであると分かっているような状態を \Omega_U=\{\omega \mid u_i(a,\omega')=g_i(a) \mbox{ for all } a\in A, \omega'\inQ(\omega), \mbox{ and } i\}と書くことにする.*4

定義( \varepsilon-elaboration of G)

Uが P(\Omega_U)=1-\varepsilonを満たすとき,これをGの \varepsilon-elaborationと呼ぶ.*5
二つの行動分布 \mu, \nuの距離をmaxノルムで定める.i.e.  \| \mu-\nu \|=\max_a \mid \mu(a)-\nu(a)  \mid .
以上の準備を用いて均衡行動分布の頑健性を定義する.

定義(頑健性)

行動分布 \muが完備情報ゲームGにおいて不完備情報に頑健であるとは以下を満たすことである.
任意の \delta>0に対してある \bar{\varepsilon}が存在し,任意の 0<\varepsilon\leq\bar{\varepsilon}に対してGのすべての \varepsilon-elaborationなるゲームは \| \nu-\mu \|\leq\deltaなる均衡行動分布 \nuを持つ.

頑健でない行動分布は,「ひとたび完備情報でなくなってしまえば,どんなに元のゲームに( \varepsilonelaborationの意味で)近いゲームを考えても行動分布の距離(差)が \delta以下になるような均衡をもたない.」という解釈,すなわちほんの少しでも完備情報が崩れてしまえば復元できなくなるような均衡であるという解釈である.

結果

頑健な行動分布は全てのゲームにおいて存在するとは限らない.実際,唯一のナッシュ均衡が存在するゲームに対してそのナッシュ均衡における行動分布が頑健でないという例は存在する.(セクション3.1)
この論文では均衡行動分布が頑健であるための十分条件が二つ提示されている。
一つ目は,相関均衡がただ一つ存在する場合である.この場合この相関均衡は唯一の頑健な均衡行動分布となる.
二つ目を述べるにあたり,支配戦略均衡とナッシュ均衡の間をsmoothにパラメタライズするような均衡概念, \bf{p}-dominant均衡を定義する.( \bf{p}  =(p_1, \cdots, p_n)\in[0,1]^N)

定義( \bf{p}-dominant均衡)

戦略組 a^\ast \in AがGの \bf{p}-dominant均衡であるとは,任意の i,  a_i,  \lambda(a_{-i}^\ast)\geq p_iなる\lambda \in \Delta A_{-i}に対し, \sum_{a_{-i}}\lambda(a_{-i})g_i(a^\ast_i,a_{-i})\geq \sum_{a_{-i}}\lambda(a_{-i})g_i(a_i,a_{-i})が成立することである.
 \bf{p}=(0,\cdots,0)であれば支配戦略均衡となり, \bf{p} =(1,\cdots,1)であればナッシュ均衡である. \bf{p}が小さくなればなるほどきつい条件となる.
二つ目の十分条件 a^\ast \sum_i p_i<1なる \bf{p}に対し \bf{p}-dominant均衡であるとき a^\astは頑健な行動分布であるというものである.

関連文献

・Rubinstein (1989) : e mail game
・Monderer and Samet (1989): p common belief
・Ui (2001): ポテンシャルゲームにおいてポテンシャル関数を最大化するナッシュ均衡は頑健であることを示した.
・Morris and Ui (2005): 一般化ポテンシャル関数を導入し,Ui (2001)の十分条件とKajii and Morris (1997)の十分条件を統一的に理解できるような一般的な十分条件を与えた.
・Kajii and Morris (2020) : survey

不明点メモ

Critical path theorem の解釈
頑健⇒ナッシュ均衡

*1:Email ゲーム流の"almost common knowledge"の概念は均衡帰結に対して頑健ではないので、頑健となような"almost common knowledge"の概念を提示したのがMonderer and Samet (1989) のp common beliefである.Kajii and Morris (1997)ではこの論文の概念や議論を本質的に用いている.

*2:Section3.1ではたとえ元の完備情報ゲームに唯一(強)ナッシュ均衡が存在したとしてもそれは不完備情報に頑健とは限らないという例を与えている.

*3:ナッシュ均衡は独立な行動分布を導くが,相関均衡は相関した行動分布を許す点に注意されたい.ナッシュ均衡が導く行動分布は相関均衡であるため,相関均衡はナッシュ均衡より弱い概念である.

*4:他のプレイヤーの利得関数がGと同じであると知っているかどうかという高階信念に関する要請は課していない点に注意されたい.

*5:何らかのGの0-elaborationにおける均衡行動分布であることの必要十分条件はGの相関均衡であることである.cf.Aumann(1987) したがって,0-elaborationなるゲーム達はもとのゲームに十分近いと分析者からは見えているかもしれないが,プレイヤーからしてみれば必ずしも近いとは言えない.完備情報ゲームGにおいては利得環境は共有知識になっているが,0-elaborationゲームにおいては他のプレイヤーの利得環境や知識に関する条件はなにも課していない.

論文まとめmap

興味のある理論ミクロ経済の論文/分野の覚え書き。(随時更新)
少しづつまとめていければと思います。


相関均衡
・Aumann, R.J. (1987). ``Correlated Equilibrium as an Expression of Bayesian Rationality,'' Econometrica 55, 1-28
・Brandenburger, A. and E. Dekel (1987). ``Rationalizability and Correlated Equilibria,'' Econometrica 55, 1391-1402. (9/11)
・Bergemann, D. and S. Morris (2016). ``Bayes Correlated Equilibrium and the Comparison of Information Structures in Games,'' Theoretical Economics 11, 487-522.

不完備情報ゲームと共有知識
・不完備情報ゲーム
・Aumann, Robert J. "Agreeing to disagree." The annals of statistics (1976): 1236-1239.
・Geanakoplos, John D., and Heraklis M. Polemarchakis. "We can't disagree forever." Journal of Economic theory 28.1 (1982): 192-200.
・higher order belief
・universal type space
・Brandenburger, A. and E. Dekel (1993). ``Hierarchies of Beliefs and Common Knowledge,'' Journal of Economic Theory 59, 189-198.

Almost 共有知識/ 不完備情報に対する頑健性
・Rubinstein, A. (1989). ``The Electronic Mail Game: Strategic Behavior under `Almost Common Knowledge',''
・グローバルゲーム
・Monderer, Dov, and Dov Samet. "Approximating common knowledge with common beliefs." Games and Economic Behavior 1.2 (1989): 170-190.
・Kajii, A. and S. Morris (1997). ``The Robustness of Equilibria to Incomplete Information,'' Econometrica 65, 1283-1309
・Oyama, D. and S. Takahashi (2020). ``Generalized Belief Operator and Robustness in Binary-Action Supermodular Games,'' Econometrica

information design
・Kamenica, Emir, and Matthew Gentzkow. "Bayesian persuasion." American Economic Review 101.6 (2011): 2590-2615.
・Mathevet, Laurent, Jacopo Perego, and Ina Taneva. "On information design in games." Journal of Political Economy 128.4 (2020): 1370-1404.

外部性のあるチームに対する契約理論
・Segal, Ilya. "Coordination and discrimination in contracting with externalities: Divide and conquer?." Journal of Economic Theory 113.2 (2003): 147-181.
・Winter, Eyal. "Incentives and discrimination." American Economic Review 94.3 (2004): 764-773.
Moriya, F. and T. Yamashita (2020). ``Asymmetric-Information Allocation to Avoid Coordination Failure,'' Journal of Economics & Management Strategy 29, 173-186.
・Halac, Marina, Elliot Lipnowski, and Daniel Rappoport. "Rank Uncertainty in Organizations." AER forthcoming.

実験による学習
Bolton, Patrick, and Christopher Harris. "Strategic experimentation." Econometrica 67.2 (1999): 349-374.

その他
・Morris, Stephen, and Muhamet Yildiz. "Crises: Equilibrium shifts and large shocks." American Economic Review 109.8 (2019): 2823-54.
・Morris, Stephen. "Contagion." The Review of Economic Studies 67.1 (2000): 57-78.
・Morris, Stephen, and Hyun Song Shin. "Contagious adverse selection." American Economic Journal: Macroeconomics 4.1 (2012): 1-21.
・Crémer, Jacques, and Richard P. McLean. "Full extraction of the surplus in Bayesian and dominant strategy auctions." Econometrica: Journal of the Econometric Society (1988): 1247-1257.

【文献メモ】Robust Mechanism Design

 

robust mechanism designとは...

通常のメカニズムデザイン(遂行理論)の文脈では、不確実性が存在する場合ベイズナッシュ均衡を解概念として採用する.これはすなわち不確実性を描写するstate spaceの上に共通の事前分布が存在し,これが共有知識になっていることを仮定している*1...現実世界の事象を分析するにあたってこの仮定はきつすぎるかもしれない.そうであればこの仮定を緩めなければならない...共通事前分布の存在というプレイヤーの知識構造に関する強い(?)仮定を緩めて,プレイヤーの知識構造に対して"頑健"な遂行に関する性質を議論するための枠組みがrobust mechanism designである.

 

共通事前分布の仮定を崩す?

情報不完備下のゲームの分析としていわゆるベイズナッシュ均衡等の議論では共通事前分布を仮定し,自分の持っている情報から相手の持っている情報を(ベイズ的に=条件付確率として)推測する.上述の通り"通常の"メカニズムデザインの文脈ではcommon prior payoff type spaceを仮定しており,この仮定の下では自分の利得タイプが定まれば他者の利得タイプに対する信念や相手の有する信念などの情報は一意に定まってしまう. 一方で自分の信念のみならず相手のタイプや情報の推測の仕方すなわち高階信念(higher order belief)の持ち方を一切特定せず描写する概念としてuniversal type spaceがある*2.もちろんcommon prior payoff type space はどんなものでもuniversal type spaceの一要素として書くことができ,robust mechanism design の文脈では情報構造としてuniversal type spaceのどんな要素が実現していても成り立つメカニズムの性質を分析していくことになる.

 

論文

Neeman (2004) "The Relevance of Private Information in Mechanism Design" JET

Common prior payoff type spaceのもとでは成り立つfull surplus ectractionがこの仮定を崩すと(多分payoff type spaceの仮定を崩すと)成り立たなくなることを示した論文.すなわち,従来のメカニズムデザインの議論の情報構造の仮定は本質的なものであり,崩すと帰結が大きく変わることがあるという例を明らかにした論文.(まだちゃんと読んでいない.)

 

Bergemann and Morris (2005) "Robust Mechanism Design" Econometrica

 上記で概説したrobust mechanism designの枠組みを整えた論文.以下で概略を述べる.

プレイヤーの戦略は自分のタイプを申告するものであるとする.(直接メカニズム cf.顕示原理)情報構造の在り方(タイプ空間)を一つ固定した時(universal type spaceの要素を一つ固定した時),どのプレイヤーも相手のタイプを予想したうえでタイプの正直申告から逸脱インセンティブがないという解概念に基づく遂行をinterim implementと定義し*3,相手が如何なるタイプ、信念を持っていたとしても利得タイプを正直申告しているならば自分も正直申告から逸脱するインセンティブはないという解概念をexpost implementと定義した.expost implementは相手のタイプ、信念にかかわらず逸脱インセンティブがない*4ということなので強い概念のように思える.実際この推測は正しく,ある社会選択対応がexpost implement可能ならばどんなタイプ空間に対してもimterim implement可能であるという主張が成立する.(Proposition 1)逆は成立せず,どんなタイプ空間に対してもimterim implement可能であってもexpost implement可能でない社会選択対応の例が挙げられている.すなわち,expost implement可能な社会選択対応だけを考えれば,それはどんな情報構造(タイプ空間)が実現していたとしても遂行できるものであるが,もしかしたらほかにもどんな情報構造でも遂行できる社会選択対応があったかもしれない...ということになる.Expost implement はわかりやすい概念であるだけに十分条件でしかないのは惜しい.となれば必要条件にもなるような特殊な環境はあるかを考えたい...となるのは自然な議論の流れである.そこでこの論文ではseparable environmentという割と広い環境を定義し,この環境ではProposition1の逆も成り立つということを示している.すなわち,この環境ではExpost implement可能であるということが情報構造に頑健な遂行を出来る社会選択対応を完全に画定してくれる!嬉しい!ということになる.

長くなったが以上がこの論文の概略だ.いかに僕が以前ゼミでこの論文を発表した際に作成したスライドを添付しておくので興味がある方は参考にどうぞ.

drive.google.com

 

以上の説明からわかる通りrobust mechanism designの文脈ではexpost implementabilityが重要な概念であるので,適当にgoogle scholarでこの領域を散歩しているとこの文字列が入った論文をちらほらと目にする.

 

その他の文献

[サーベイ]

・Bergemann and Morris (2013) "An introduction to Robust Mechanism Design"

本人たちによるわかりやすい概説.60ページくらい.amazonでは7000円と暴利を吹っ掛けられているが,ググるamazonの下にpdfが出てくる.

 

・Bergemann and Morris (2012) "Robust Mechanism Design -The Role of Private Information and Higher Order Beliefs"

本人たちの論文を10個位貼り合わせた本.目次が文献リストとして重宝しそう.

 

[その他の論文]

以下はアブストすら読んでないけど重要らしい論文たち

・Jehiel, Vehn, Moldovanu, and Zame (2006) "The Limits of Ex post Implementation" Econometrica

・Oury and Tercieux (2012) "Continuous Implementation" Econometrica

 

おわりに

以上が昨年末にrobust mechanism designについて調べたものを思い立ってちょっとメモ代わりにまとめたものです.重要かつ面白そうな分野ですが頭のよくかつ下地のある人たちが一通り調べつくした分野らしく,曰く「限界生産性が逓減しきった分野」だそうです.そもそも闇が深そうなので僕はBergemann and Morris (2005)で議論の枠組みを知ったくらいから割と撤退気味です.なのでしばらく自ら触れる気はないですが,詳しい人or興味がある人がいたら教えてください.ゼミしましょう.

*1:厳密にいうとcommon prior payoff type space を仮定している.すなわち共通事前分布だけでなくpayoff type spaceを仮定しているため,type space = payoff type spaceになっていおり,RubinsteinのEmailゲーム(Rubinstein (1989) ) のような複雑な情報構造は描写できない

*2:各プレイヤーの利得タイプ,一階の信念,二階の信念,...を制限なしに任意に列挙した組を要素として持つ(位相)空間である.いずれこのような形でまとめるかもしれない.Mertens and Zamir (1985) や Brandenburger and Dekel (1993) 参照.

*3:通常のメカニズムデザインのモデルでは,ベイズ遂行に対応する概念.

*4:したがって,タイプ空間を固定せずとも定義できる概念であるという点に注意されたい.

上極限と下極限

ルベーグ積分の勉強をしてたら上極限と下極限の理解が浅くてFatouの補題とかで出てくるたびに気が重くなったので一回ちゃんとまとめようと思った時の覚書です。

ということで数列の上極限・下極限の定義、同値な言い換え、上極限集合・下極限集合等についてみていきましょう。

 

 

数列の上極限・下極限の定義

数列は一般には収束するとは限りません。そんな時に数列の振る舞いを上から評価したい下から評価したいという欲望を満たしてくれるのがこの上極限・下極限です。

 

注)以下では「殆ど全ての (a_n)について〜〜を満たす」を「有限個のnを除いた任意のの (a_n)について〜を満たす」の意味で使います。これは「ある自然数Nが存在してNより大きい任意のnについて (a_n)が〜〜を満たす」と同値であることがすぐに確かめられると思います。「殆ど全て」の方が直観が掴みやすいと思うのでこちらの表記を使うことが多くなります。

 

まず極限の定義を確認しておきましょう。ε-N論法による定義は上の注を踏まえると以下のようにかけます。

定義(極限)

 (a_n)が以下を満たす時、  (a_n)の極限はaであるといい、\displaystyle \lim_{n \to \infty} a_n = a  と書く。

任意の \varepsilon \gt 0に対して以下が成り立つ。

(i)殆ど全てのnに対し a_n \gt a - \varepsilon

(ii)殆ど全てのnに対し a_n \lt a + \varepsilon

 

 

この定義の内、(i)を「殆ど全て」でなく「無限個の」に緩めてあげたのが上極限で、(ii)を同様に緩めてあげたのが下極限です。

定義(上極限)

 (a_n)が以下を満たす時、  (a_n)の上極限はaであるといい、 \displaystyle \varlimsup_{n \to \infty} a_n = a と書く。

任意の \varepsilon \gt 0に対して以下が成り立つ。

(i)無限個のnに対し a_n \gt a - \varepsilon

(ii)殆ど全てのnに対し a_n \lt a + \varepsilon

ただし、 (a_n)が上に非有界である時、これを +\inftyとする。

また、 \forall M \in \mathbb{R} : a_n \gt Mなる a_nは有限個であるとき、これを -\inftyとする。

定義(下極限)

 (a_n)が以下を満たす時、  (a_n)の下極限はaであるといい、\displaystyle \varliminf_{n \to \infty} a_n = a と書く。

任意の \varepsilon \gt 0に対して以下が成り立つ。

(i)殆ど全てのnに対し a_n \gt a - \varepsilon

(ii)無限個のnに対し a_n \lt a + \varepsilon

ただし、 (a_n)が下に非有界である時、これを -\inftyとする。

また、 \forall M \in \mathbb{R} : a_n \lt Mなる a_nは有限個であるとき、これを +\inftyとする。

 

 

また、上極限と下極限は存在するなら一意である。これは定義よりすぐにわかる上に定義のいい確認となるので各自証明を試みていただきたい。

 

絵で描くと下のような条件が上極限・下極限の定義になります。 

f:id:shin_econ:20190610233336j:plain



この定義は極限の条件を緩めたものだということが分かりやすいと思います。また、上極限と下極限が一致することとその数列が同値であることも直ちにわかります。上極限と下極限が一致するとき、上の絵における上極限の③:有限個と下極限の③:有限個が同時に成立しますが、これはまさに収束列の定義そのものだからです。

次の節で上極限と下極限が存在することが示されます。極限をただ緩めただけでなく、必ず一意に存在し、しかも収束を特徴付けてくれまでするとのことなのでかなり筋のいい概念ですね。

ただ、この定義では少し実際に計算して求めるのは難しそうです。次の節では上に書いた主張(存在性)を示します。その証明の過程で上の定義の同値な言い換え(計算しやすいバージョンの定義)が分かることになります。 

 

 

 

上極限・下極限の同値な言い換え

定理1

任意の数列 (a_n) \subset \mathbb{R}について\displaystyle \varlimsup_{n \to \infty} a_n, \varliminf_{n \to \infty} a_nは一意に存在する。

証明 

上極限についてのみ示す。

 a_nが上に非有界の時は -\infty であり成立。

 a_nが上に 有界、すなわち、ある実数Mが存在して a_n \leq Mが成立する場合を考える。

数列 U_nを以下のように定める。

 U_n = sup\{a_k \mid k \geq n \}

この時、 U_nは単調減少。

 U_nが下に有界であることと\displaystyle \varlimsup_{n \to \infty} a_nが有限値であることは同値であるので、下に有界である場合のみ考える。この時、 U_nは下に有界かつ単調減少より inf U_nに収束する。これを \alphaとすると、 \displaystyle \varlimsup_{n \to \infty} a_n = \alphaが成立することを以下で示す。

 \varepsilon \gt 0を任意にとる。

 U_n \alphaに収束するので、 U_n \gt \alpha + \varepsilonなるnは有限個。よってこれを満たすの内最大のnが取れ、番号がこれよりも大きい任意の a_n a_n \lt a + \varepsilonを満たす。よってこれは殆ど全てのnで成り立つ。(上極限の定義(ii))

 U_n \alphaに収束するので、殆ど全てのnについて U_n \gt \alpha - \varepsilonが成立。よって無限個のnについて a_n \gt \alpha - \varepsilonが成立。(上極限の定義(i))

以上より上極限の存在が分かった。上極限の一意性は上で議論したとおりであり、証明が完結した。

 

以上の証明より、 \displaystyle \varlimsup_{n \to \infty} a_nは、\displaystyle  \lim_{n \to \infty} sup\{ a_k \mid k \geq n \} として一意に存在することがわかった。(\displaystyle  \lim_{n \to \infty} sup\{ a_k \mid k \geq n \} はもちろん一意であるのでこれが \displaystyle \varlimsup_{n \to \infty} a_nの別定義であると言える。)

同様にして \displaystyle \varlimsup_{n \to \infty} a_nは、 \displaystyle \lim_{n \to \infty} inf\{ a_k \mid k \geq n \} として一意に存在することが分かる。

このような同値な言い換えを施すと実際に数列が与えられた時の、上極限・下極限の計算やイメージがしやすいのではないだろうか。例えば、 a_n = cos(n\pi) \frac{n+1}{n}などの数列の上極限と下極限を実際に計算してみるとイメージがつくかと思います。

 

また、上極限と下極限には集積点を使った同値な言い換えも存在します。下記のサイトが参考になるので、興味のある方は参考にしてください。

qiita.com

 

 

 

 

上極限集合・下極限集合と上極限・下極限の関係

今まで数列の上極限と下極限の議論をしてきましたが、集合列についても似た概念の上極限集合と下極限集合があります。名前も定義も似ているのに対応がイマイチ掴めないなあと頭を悩ませていたんですが、最近対応が掴めたので記していこうと思います。 

 

定義(上極限集合)

集合列 (A_n)の上極限集合とは  \displaystyle \bigcap_{n = 1}^\infty \bigcup_{k = n}^\infty A_kで定義される集合である。

定義より  \displaystyle x \in \bigcap_{n = 1}^\infty \bigcup_{k = n}^\infty A_k と無限個のnについて x \in A_nは同値である。

 

定義(下極限集合)

集合列 (A_n)の下極限集合とはで  \displaystyle \bigcup_{n = 1}^\infty \bigcap_{k = n}^\infty A_k定義される集合である。

定義より  \displaystyle x \in \bigcup_{n = 1}^\infty \bigcap_{k = n}^\infty A_kとほとんど全てのnについて x \in A_nは同値である。

 

上の定義より以下の包含関係がわかる。

  \displaystyle \bigcap_{n = 1}^\infty A_n \subset \bigcup_{n = 1}^\infty \bigcap_{k = n}^\infty A_k \subset \bigcap_{n = 1}^\infty \bigcup_{k = n}^\infty A_k \subset \bigcup_{n = 1}^\infty A_n

 

また、単調に増加する集合列、単調に減少する集合列においては無限個のnについて x \in A_nであることとほとんどすべてのnについて x \in A_nであることは同値であるので、  \displaystyle \bigcap_{n = 1}^\infty \bigcup_{k = n}^\infty A_k = \bigcup_{n = 1}^\infty \bigcap_{k = n}^\infty A_k

 

 

 下記のサイトは上極限集合、下極限集合の定義を非常に丁寧に説明してくれています。上の拙い説明ではよく分からなかった方はまずこのサイトで定義を確認するといいかと思います。

agajo.hatenablog.com

 

では数列の上極限・下極限と上極限集合・下極限集合の対応を見ていきましょう。

結論から言うと、数列を下から評価するとき・集合列を内側から評価するときの基準として、 inf a_n  \displaystyle \bigcap_{n = 1}^\infty A_n \displaystyle \varliminf_{n \to \infty} a_n  \displaystyle \bigcup_{n = 1}^\infty \bigcap_{k = n}^\infty A_k\displaystyle \varlimsup_{n \to \infty} a_n  \displaystyle \bigcap_{n = 1}^\infty \bigcup_{k = n}^\infty A_k sup a_n  \displaystyle \bigcup_{n = 1}^\infty A_n対応しています。

 

まず、与えられた数列を下から評価したいという気持ちを持った時に \displaystyle inf a_n, \varliminf_{n \to \infty} a_n,  \varlimsup_{n \to \infty} a_n, sup a_nが基準としてどのような意味を持っているか考えてみましょう。

それぞれの定義より以下の関係が成り立ちます。

 x \leq inf a_n ⇔ 全てのnについて x \lt a_n*1

 \displaystyle inf a_n \lt x \lt \varliminf_{n \to \infty} a_n  ⇔ ほとんどすべてのnについて x \lt a_n

 \displaystyle \varliminf_{n \to \infty} a_n \leq x \lt \varlimsup_{n \to \infty} a_n ⇔ 無限個のnについて x \lt a_n

 \displaystyle \varlimsup_{n \to \infty} a_n \leq x \lt sup a_n ⇔ 有限個のnについて x \lt a_n

 \displaystyle sup a_n \leq x ⇔ 全てのnについて x \lt a_n が成立しない

これらは定義から示せます。

 

つぎに、与えられた集合列を内側から評価したいという気持ちを持った時に  \displaystyle \bigcap_{n = 1}^\infty A_n, \bigcup_{n = 1}^\infty \bigcap_{k = n}^\infty A_k, \bigcap_{n = 1}^\infty \bigcup_{k = n}^\infty A_k, \bigcup_{n = 1}^\infty A_nが基準としてどのような意味を持っているか考えてみましょう。

それぞれの定義より以下の関係が成り立ちます。

  \displaystyle  x \in  \bigcap_{n = 1}^\infty A_n ⇔ 全てのnについて x \in A_n

  \displaystyle x \in (\bigcup_{n = 1}^\infty \bigcap_{k = n}^\infty A_k) / (\bigcap_{n = 1}^\infty A_n) ⇔ ほとんど全てのnについて x \in A_n

  \displaystyle x \in (\bigcap_{n = 1}^\infty \bigcup_{k = n}^\infty A_k) / (\bigcup_{n = 1}^\infty \bigcap_{k = n}^\infty A_k ⇔ 無限個のnについて x \in A_n

  \displaystyle x \in (\bigcup_{n = 1}^\infty A_n) / (\bigcap_{n = 1}^\infty \bigcup_{k= n}^\infty A_n) ⇔ 有限個のnについて x \in A_n

  \displaystyle x \in (\bigcup_{n = 1}^\infty A_n)^c ⇔ 全てのnについて x \in A_nが成立しない

 

以上の対応を絵でまとめると以下のようになります。

f:id:shin_econ:20190610233433j:plain

 ここでは、「数列を下から評価する際の基準」と「集合列を内側から評価する際の基準」を対応づけましたが、「数列を上から評価する際の基準」と「集合列を外側から評価する際の基準」を対応づけて議論することもできます。

また、この対応は単なるアナロジーではなく、実数 a_nに対して実数の部分集合 (-\infty , a_n] を対応させる形で、数列 (a_n)から(実数の部分)集合列 (A_n)を構成すると上記の各概念もまた対応するということが確かめられます。このことから集合列の上極限・下極限は数列の上極限・下極限の拡張と言えるのではないでしょうか。

  

*1:infが存在しない数列の場合