【文献メモ】Robust Mechanism Design

 

robust mechanism designとは...

通常のメカニズムデザイン(遂行理論)の文脈では、不確実性が存在する場合ベイズナッシュ均衡を解概念として採用する.これはすなわち不確実性を描写するstate spaceの上に共通の事前分布が存在し,これが共有知識になっていることを仮定している*1...現実世界の事象を分析するにあたってこの仮定はきつすぎるかもしれない.そうであればこの仮定を緩めなければならない...共通事前分布の存在というプレイヤーの知識構造に関する強い(?)仮定を緩めて,プレイヤーの知識構造に対して"頑健"な遂行に関する性質を議論するための枠組みがrobust mechanism designである.

 

共通事前分布の仮定を崩す?

情報不完備下のゲームの分析としていわゆるベイズナッシュ均衡等の議論では共通事前分布を仮定し,自分の持っている情報から相手の持っている情報を(ベイズ的に=条件付確率として)推測する.上述の通り"通常の"メカニズムデザインの文脈ではcommon prior payoff type spaceを仮定しており,この仮定の下では自分の利得タイプが定まれば他者の利得タイプに対する信念や相手の有する信念などの情報は一意に定まってしまう. 一方で自分の信念のみならず相手のタイプや情報の推測の仕方すなわち高階信念(higher order belief)の持ち方を一切特定せず描写する概念としてuniversal type spaceがある*2.もちろんcommon prior payoff type space はどんなものでもuniversal type spaceの一要素として書くことができ,robust mechanism design の文脈では情報構造としてuniversal type spaceのどんな要素が実現していても成り立つメカニズムの性質を分析していくことになる.

 

論文

Neeman (2004) "The Relevance of Private Information in Mechanism Design" JET

Common prior payoff type spaceのもとでは成り立つfull surplus ectractionがこの仮定を崩すと(多分payoff type spaceの仮定を崩すと)成り立たなくなることを示した論文.すなわち,従来のメカニズムデザインの議論の情報構造の仮定は本質的なものであり,崩すと帰結が大きく変わることがあるという例を明らかにした論文.(まだちゃんと読んでいない.)

 

Bergemann and Morris (2005) "Robust Mechanism Design" Econometrica

 上記で概説したrobust mechanism designの枠組みを整えた論文.以下で概略を述べる.

プレイヤーの戦略は自分のタイプを申告するものであるとする.(直接メカニズム cf.顕示原理)情報構造の在り方(タイプ空間)を一つ固定した時(universal type spaceの要素を一つ固定した時),どのプレイヤーも相手のタイプを予想したうえでタイプの正直申告から逸脱インセンティブがないという解概念に基づく遂行をinterim implementと定義し*3,相手が如何なるタイプ、信念を持っていたとしても利得タイプを正直申告しているならば自分も正直申告から逸脱するインセンティブはないという解概念をexpost implementと定義した.expost implementは相手のタイプ、信念にかかわらず逸脱インセンティブがない*4ということなので強い概念のように思える.実際この推測は正しく,ある社会選択対応がexpost implement可能ならばどんなタイプ空間に対してもimterim implement可能であるという主張が成立する.(Proposition 1)逆は成立せず,どんなタイプ空間に対してもimterim implement可能であってもexpost implement可能でない社会選択対応の例が挙げられている.すなわち,expost implement可能な社会選択対応だけを考えれば,それはどんな情報構造(タイプ空間)が実現していたとしても遂行できるものであるが,もしかしたらほかにもどんな情報構造でも遂行できる社会選択対応があったかもしれない...ということになる.Expost implement はわかりやすい概念であるだけに十分条件でしかないのは惜しい.となれば必要条件にもなるような特殊な環境はあるかを考えたい...となるのは自然な議論の流れである.そこでこの論文ではseparable environmentという割と広い環境を定義し,この環境ではProposition1の逆も成り立つということを示している.すなわち,この環境ではExpost implement可能であるということが情報構造に頑健な遂行を出来る社会選択対応を完全に画定してくれる!嬉しい!ということになる.

長くなったが以上がこの論文の概略だ.いかに僕が以前ゼミでこの論文を発表した際に作成したスライドを添付しておくので興味がある方は参考にどうぞ.

drive.google.com

 

以上の説明からわかる通りrobust mechanism designの文脈ではexpost implementabilityが重要な概念であるので,適当にgoogle scholarでこの領域を散歩しているとこの文字列が入った論文をちらほらと目にする.

 

その他の文献

[サーベイ]

・Bergemann and Morris (2013) "An introduction to Robust Mechanism Design"

本人たちによるわかりやすい概説.60ページくらい.amazonでは7000円と暴利を吹っ掛けられているが,ググるamazonの下にpdfが出てくる.

 

・Bergemann and Morris (2012) "Robust Mechanism Design -The Role of Private Information and Higher Order Beliefs"

本人たちの論文を10個位貼り合わせた本.目次が文献リストとして重宝しそう.

 

[その他の論文]

以下はアブストすら読んでないけど重要らしい論文たち

・Jehiel, Vehn, Moldovanu, and Zame (2006) "The Limits of Ex post Implementation" Econometrica

・Oury and Tercieux (2012) "Continuous Implementation" Econometrica

 

おわりに

以上が昨年末にrobust mechanism designについて調べたものを思い立ってちょっとメモ代わりにまとめたものです.重要かつ面白そうな分野ですが頭のよくかつ下地のある人たちが一通り調べつくした分野らしく,曰く「限界生産性が逓減しきった分野」だそうです.そもそも闇が深そうなので僕はBergemann and Morris (2005)で議論の枠組みを知ったくらいから割と撤退気味です.なのでしばらく自ら触れる気はないですが,詳しい人or興味がある人がいたら教えてください.ゼミしましょう.

*1:厳密にいうとcommon prior payoff type space を仮定している.すなわち共通事前分布だけでなくpayoff type spaceを仮定しているため,type space = payoff type spaceになっていおり,RubinsteinのEmailゲーム(Rubinstein (1989) ) のような複雑な情報構造は描写できない

*2:各プレイヤーの利得タイプ,一階の信念,二階の信念,...を制限なしに任意に列挙した組を要素として持つ(位相)空間である.いずれこのような形でまとめるかもしれない.Mertens and Zamir (1985) や Brandenburger and Dekel (1993) 参照.

*3:通常のメカニズムデザインのモデルでは,ベイズ遂行に対応する概念.

*4:したがって,タイプ空間を固定せずとも定義できる概念であるという点に注意されたい.