【論文まとめ3】入札者がバイアスを持っていてもオークションは上手く機能する?

本記事ではGagnon-Bartsch, Pagnozzi and Rosato (2021) “Projection of Private Values in Auctions” American Economic Review (以降はGPRと略記)の研究の一部を紹介します。前提知識が無くても読めることを目指して数式を使わずに書いていますが、第一価格オークションや第二価格オークションについて勉強したことがあるとより楽しめるかと思います。「そんな単語聞いたことない!」という方はざっと調べてから読んでいただくと良いかと思います。以下の記事は本記事の予備知識としてちょうどよさそうです。

nabenavi.net

どんな研究?

私たちは、自分が価値が高いと思っているものに対しては他の人も価値が高いだろうと思ってしまったり、逆に自分が価値が低いと思っているものに対しては他の人も価値が低いだろうと思っているだろうと思ってしまうことがままあります。このように他の人の嗜好を自分の嗜好に寄せて予想してしまうバイアスは投影バイアス(projection bias)という名前で知られています。*1 では、投影バイアス のない合理的な個々人が使うことを想定して今まで議論されてきた種々の経済制度は、投影バイアスを持つ人々が用いた場合、どのような結果に至るのでしょうか?GPRは様々なフォーマットのオークションに対してこの問題を考察しています。特に本記事では(私的価値の財についての)第一価格オークションと第二価格オークションについての議論を紹介します。

通常のオークションモデルとの設定の違い

オークションの入札者は、他の入札者がオークションにかけられている財についていくらの価値を見出しているのかを知るよしもありません。そこで、オークション理論(というより経済学の主流のモデル全般)では代わりに他者の価値について確率的に予測を立て、その予測に基づいて入札額を決めると想定します。GPRのモデルもこの想定を踏襲します。ただ、確率的な予測の形成の部分に投影バイアスの影響が入っているという一点のみにおいて、GPRのモデルは通常のモデルと異なります。つまり...
通常のモデル:
合理的な入札者。正しい確率的予測を(なんらかの理由で)持っている。
GPRのモデル:
バイアスを持った入札者。正しい確率的予測よりも、自分の価値に寄せた確率的予測を持ってしまっている。確率密度関数のグラフの言葉でいうと、自分の価値を中心に正しい確率密度関数を内側に寄せたような確率密度関数を持っている。

投影バイアスは入札やオークションの結果にどう影響する?

それでは、この投影バイアスによる予測の違いが均衡での入札行動やオークションの結果にどのような影響を与えるのでしょうか。第一価格オークションと第二価格オークションのそれぞれで分析してみましょう。

第二価格オークション

第二価格オークションには耐戦略性があると言うことが知られています。つまり、他の人がどんな価値を抱いていてどんな入札をしたとしても、自分は自分の価値を正直にそのまま入札するのが最適になるという性質を第二価格オークションは持っています。第二価格オークション下では「いくらで入札する?」という読み合いが一切生じないということです。ということは、他者の価値に対する予測とは全く無関係に入札額を決めるので、投影バイアスを持ってる個人でも合理的な個人でも最適な入札行動は一致し、オークションの結果も完全に一致します。(Proposition 1)

第一価格オークション

次に第一価格オークションの場合を考えてみよう。こちらの分析はGPRの最初の盛り上がりポイントで、第二価格オークションと比べて分析が複雑かつ面白いものになっています。 まず合理的な入札者たちによる通常のオークションモデルではどのような入札行動が最適になるでしょうか。それぞれの入札者は(自分がオークションに勝てる確率)×(自分が勝てた時の利得)を最大化するように入札額を決めます。入札額を上げていくと前者は高くなるが後者は低くなるというトレードオフに直面します。この意思決定の結果、均衡では皆、「自分が1番高い価値を持っている=自分がオークションに勝てると条件づけた時の、自分の次に高い価値の期待値」を入札する戦略組が唯一の(対称単調ベイズナッシュ)均衡になることが知られています。ここで大事なのは「勝てる確率」はもちろん他の人の価値の予測を基に計算するので、予測が入札額にモロに影響を与えるという点です。これが第二価格オークションとの1番の違いです。 GPR(Proposition 2)は投影バイアスを持つ個人による第一価格オークションの均衡も「自分が1番高い価値を持っている=自分が勝てると条件づけた時の、自分の次に高い価値の期待値」を皆が入札するのが唯一の均衡であることを示しました。投影バイアスがあるか否かで持っている予測が違うので、入札行動自体は異なるという点には注意が必要です。 では、均衡において、投影バイアスを持つ個人の入札行動は合理的な個人の入札行動と比べてどのように異なるのでしょうか。まず、高い価値を持っているケースを考えましょう。この時、合理的な人と比べて投影バイアスを持っている人はより高い額を入札するということがわかりました。このケースでは、他の人の価値も高いものだと勘違いしているのが投影バイアスですから、これは直観的です。実はそれだけでなく、低い価値を持っているケースでも投影バイアスを持つ人は合理的な人と比べてより高い額を入札することがわかりました。このケースでは、投影バイアスは他の人の価値を実際よりも低く積もるように予測を歪めるのに、なぜこのような非直感的な結果が成り立つのでしょうか?着目すべき点は、入札者は「自分が一番高い価値を持っていると条件づけた時の」すなわち「自分が勝てるシナリオにおいての」2番目に高い価値の期待値を入札するという点です。投影バイアスは、自分の価値に近い価値を他の人も持っているだろうという形で予測を歪めるため、自分が勝てるシナリオを考えた時に競争がより苛烈になっていると勘違いさせる効果に至ります。その結果、オークションに勝てないことを過剰に恐れて高い入札をしてしまうのです。

まとめ

投影バイアスがあると...
第二価格オークション:
耐戦略性があるため、何も行動は変わらない。
第一価格オークション:
入札者達は自分の価値に近い価値を他者も持っているという勘違いから競争が実際よりもより苛烈であるという勘違いに至り、結果より高い価格を入札する。一番価値を見出だしている人がオークションに競り勝つという効率性は変わらない。*2

ということです。投影バイアスがあっても、一番価値を見出だしている人が財を手に入れられるという重要な役割をオークションは依然として果たしてくれます。また開催者の期待収益という観点からいうと、第一価格オークションをした方が開催者は得できるということですね。つまり、有名な収入同値定理はこの環境では成り立ちません。 このように投影バイアスひとつとってもモデルの含意は大きく変わってきます。経済モデルの現実への含意や導入を考える際にはモデルの仮定が分析対象に相応しいか、そうでないなら仮定をどのように変えなければいけないのかを考えることが重要だということですね。

専門家向けの注: 均衡概念について(&独り言)

ゲーム理論やメカニズムデザインの詳しい方は「投影バイアスを持ってる入札者達によるオークションを分析するのはいいけど、解概念はなんなん?共有事前分布がないからベイズナッシュ均衡ではないよね?」と思うかもしれません。正しいです。GPRはナイーブベイズナッシュ均衡(NBE)と呼ばれる均衡概念を導入し用いました。 NBEを説明するためにまず、入札者達の「バイアスに対するナイーブさ」に対する仮定の話をしましょう。行動経済学ではバイアスを持っている個々人の意思決定問題を分析しますが、バイアスに対する態度まざまな種類があります。自分がバイアスを持っていることを自覚しているのか、相手もバイアスを持っていると想定しているのか、などなど。どのような態度を仮定するかで分析のモデルや結果などが変わってきてしまいます。GPRでは、入札者は自分がバイアスを持っていると自覚していない(バイアスにナイーブである)ため、「(本当はバイアスで歪んでいる)自分の予測は正しい予測であり、また他の入札者も同じ予測を形成しておりその予測が共有知識になっている」と信じて疑わないことを仮定します。 この仮定の元では各個人は、それぞれ自分の予測が共有事前分布だと思っているわけです。つまり、各個人が共有事前分布のみ異なる別の不完全情報ゲームをプレイしていると解釈することができ、各個人がその自分の思うゲームの中でベイズナッシュ均衡をプレイしていると思っているような戦略組のことをNBEと呼びます。 と、こういう解概念なわけです。一見自然な上手い拡張のように見えるわけですが、個人的には少々疑問が残ります?「皆が自分の勘違いしているゲームの中で最適反応をとっていると思っている状況」は「均衡」と呼べるのでしょうか。みんな最適反応を取ってると勘違いしてるだけで実際には最適反応をとってないし、「俺は最適反応を取ってるぜ」と事後的に思えるような情報が観測できるというような一貫性すら要請していません。*3 こう文句を言っていながらも、限定合理的な我々は自分の世界観の中で他者の行動を予測しつつ行動選択をするのが常なので、NBEはこういう戦略的状況を上手く定式化しているような気も再びしてきます。。。何をもって均衡と呼ぶにふさわしいかという話は根深くかつ重要な話なのでいつかじっくりと考える機会を設けられたらいいななどと思いました。

*1:商品の価値を調べるために共通のソースから情報を得ているというような「合理的な価値の相関」もあり得ますが、投影バイアスとはそうではなく単に勘違いによって他者の価値を自分に近づけてしまうような認知バイアスのことを指します。

*2:カニズムの遂行に関する解概念とバイアスが帰結に与える影響には対応関係があると整理できそうです。

*3:繰り返した際のフィードバックに対して解となる入札行動が頑健かという議論は脚注23の周辺で少々なされていますが、議論として不十分かなという印象を受けます。